第177回防災アカデミー(ハイブリッド)を実施しました

内容:災害かわら版の世界~減災館所蔵の原寸大複製を中心に~
講師:末松 憲子 さん
  (名古屋大学減災連携研究センター研究員)
日時:2022年6月22日(水)18:00〜19:30
会場:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン

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第127回げんさいカフェ(ハイブリッド)を開催しました

建築耐震の実験研究最前線

ゲスト:耐震工学者 長江 拓也 さん
   (名古屋大学減災連携研究センター准教授)
日時:2022年6月13日(月)18:00~19:30 
場所:名古屋大学減災館1階減災ギャラリー・オンライン
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)

 今回ご紹介する長江さんの最新耐震研究は、長江さんが以前所属していた防災科学技術研究所のEディフェンス=実大三次元震動破壊実験施設を使ったものです。実物大の建物を振動させて破壊するまで調べるというこの巨大な実験施設。鉄筋コンクリート10階建てのビルが壊れるまで揺らすこともできるという、世界最大の振動台を持つ研究施設です。
 なぜ壊れるまで揺らすのですか?と長江さんにお聞きしたのですが、建物の耐震性の研究では、例えば10の力で揺らして大丈夫であることを確かめたという実験だけでは、では15の力で揺らした時はどうなのか?20の力で揺らした時はどうなのか?という疑問に答えることはできないということでした。やはり実際に、どれほどの揺れで壊れてしまうのかというのは、壊れるところまで揺らしてみる実験でしか確かめられないということになります。その建物が壊れる寸前のデータが大切なのですね。

 Eディフェンスを使った長江さんの最新の実験は、地盤の上に建った家を揺らしてみるというものでした。
 これまで数多く行われてきた実験は、振動台の上に直接家を固定して揺らしてみるというものでした。しかし今回は、振動台の上に大量の土を載せて、地盤を作り、その上に、普通に家を建てる時のようにコンクリートの基礎を打って木造住宅を建て、それを揺らしてみるという実験を行ったのだそうです。
 家だけを揺らす実験であれば、実物大の木造住宅でもだいたい50トンくらいのものだそうです。しかし地盤を作って、その上に基礎を打って、家を建てるとその10倍の500トンくらいのものを揺らす実験になってしまいます。しかしそれができるのがEディフェンスです。この施設ならではという実験だったわけです。

 この実験の大きな意義は、より現実に近い状態で建物の耐震性を評価することができるということだそうです。
 確かに現実社会では、地震の揺れは直接建物に伝わるのではなく、地盤をゆらし、それがコンクリートの基礎を揺らし、さらにそれが建物に伝わっていくわけです。それをできるだけ忠実に再現した実験ということになりますね。
 そして今回の実験の結果、揺れている最中に、コンクリートの基礎が地盤から少しずれることによって、建物に伝わっていく揺れが少し弱まっているというデータが得られたそうです。
 実は、これは予想された結果でした。
 この実験のヒントは、2016年の熊本地震の時にあったそうのだです。
 結構強い揺れに見舞われた地域で、長江さんが住宅の被害を詳しく調査した結果、基礎がずれて水道管とかガス管などが壊れてしまっている住宅で、比較的建物の被害が少なかったものがあったそうです。
 長江さんは、おそらく揺れている最中に基礎がずれることで、地震の揺れを相殺するような動き=ちょうど免振構造の建物を揺らした時のような動きがあったのではないか推論しています。それを今回の実験で確かめたということなのですね。

 今回の実験では、今の耐震基準の1.5倍くらいまで強くした木造3階建ての住宅が、震度7相当の揺れでも大丈夫だったということがわかりました。
 もちろんまだ今後も条件を変えてさらに研究が必要かもしれませんが、この研究結果の持つ意味は大きいと思います。
 というのも、耐震基準というのは、あくまで最低基準で、家は若干壊れても倒壊、大破することはないという基準です。中の人が生き残るという基準なんですね。
 ですから「家を建てるならその最低レベルでいいじゃないか、お金をかけてそれより強くしても、結局震度7相当の揺れが来れば壊れるわけだから」という意見も確かにあり得るわけです。
 しかし長江さんたちの研究の積み重ねによって「耐震基準の1点5倍くらいまで強くしておけば建物はほとんど壊れない」ということが確認できれば、そういう高いレベルの耐震性を自分の家にも導入しようという人が増えるんじゃないかと、長江さんはおっしゃってました。
 そういう考え方の基礎になる実験研究がいま地道に行われているということを知ることができました。
 今回も160人近くの方が会場とオンラインで参加してくださいました。長江先生、参加者の皆さん、ありがとうございました。

 

 


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第126回げんさいカフェ(ハイブリッド)を開催しました

点のBCPから面のBCPへ〜「病院」を手がかりに考えてみる

ゲスト:BCPの先駆者 西川 智 さん
   (名古屋大学減災連携研究センター教授)
日時:2022年 5月16日(月)18:00~19:30 
場所:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)

 BCPというのは、Business Continuity Planningの頭文字をとったもので日本語では事業継続計画と訳されます。災害のダメージを最小限に抑えて、企業や組織の事業を災害後も継続できるよう事前に定めておく計画のことです。
 このBCPの考え方を日本で最初に提唱したのが、昔国土庁防災局、その後内閣府の防災担当で、いま名古屋大学におられる西川さんです。今回はその西川さんにゲストの来ていただき、BCPを「点から面に広げていこう」という話をお聞きました。

 日本でも大企業を中心にBCPが少しずつ普及してきており、地震でこの拠点がだめになったら、別の拠点でバックアップするなどの計画を策定している企業も増えています。
 ただそれはあくまで「点のBCP」。本社の工場だけが事業継続できたとしても、そこに部品を持っていく輸送経路や、部品を製造する工場、さらにそこに原料を持っていく輸送経路までがちゃんと機能していなければ、メインの本社工場が動かないということもあり得ます。つまり「点のBCP」ではなく、ひとつながりになった「線のBCP」が重要なのです。実際に11年前の東日本大震災でも、部品のサプライチェーンが止まってしまったために自動車工場が創業できなくなるという出来事もありました。

 西川さんによると、この「線のBCP」。なかなか実現は大変なんだけども、日本では、いわゆる系列の親会社が号令をかければ、実現しやすいという側面があるということです。
 BCPというのは、ある意味シビアな「経営判断」を伴うもので、事業継続のために会社のこの機能を残すから他の部署は休んで忙しいところを手伝いなさい、と命令するような場面もあり得ます。西川さんが「とにかく経営トップが『こうする』と決断しないと実効性のあるBCPはできない」とおっしゃるのも、それが理由です。
 その意味で、いい悪いは別にして、日本では親会社が号令をかけると下請け・孫請けの会社は従わざるを得ないというところがありますから、確かに日本型のシステムでは「線のBCP」が実現しやすいと言えるかもしれません。

 

 ところが「線のBCP」のもう一つ上のレベル=地域全体が災害後も機能するという「面のBCP」を達成しようとすると、なかなか難しい課題がたくさんあります。
 地域社会には、トップとして、みんなに命令ができる存在がいないことがその理由の一つです。確かに市長や町内会長さんがお願いしても、みんながその通りに動いてくれるとは限りませんよね。
 しかし地域全体でBCPを策定して災害後も町の機能を維持することの必要性は誰もが認めるところ、その一つの試みが、今回、西川さんたちが始めた「病院」を例にして面のBCPを考える研究だということです。
 病院を題材にしたきっかけは、2018年の西日本豪雨の際、岡山県倉敷市真備町の病院の機能が、一番大切な時に失われたという経験でした。この病院には、豪雨のさなかに近くのアルミ工場の爆発があり、多数のけが人が運びこまれていました。しかし堤防の決壊で溢れた水が病院内に侵入して自家発電機が止まり、一番必要とされている時に病院の機能がほぼ停止してしまったということです。

 西川さんによると、現代の病院は、このように電気が止まるだけで機能が停止してしまうだけでなく、他にも災害に対する“脆弱さ”が存在するのだそうです。
 それは、病院の機能が日頃たくさんの専門職によって支えられているということです。病院には、医師、看護師だけでなく、薬剤師、検査技師、放射線技師、理学療法士など、多くの専門職がいつも働いています。その人たちを災害後にもちゃんと確保できるということが病院の機能維持の必須条件となるのです。
 今回の新型コロナ騒ぎで、当初、保育園が感染を怖がって医療関係者の子どもを預かってもらえなかったという話がありました。その時には多くの看護師さんが出勤できなくなりました。
 つまり災害後も保育園をはじめとする地域社会がしっかり機能していてくれないと、病院で働くスタッフが仕事に行けなくなり、結果的に病院の機能が保てないというようなことが起こり得るわけです。

 また病院のBCPのもう一つの課題として、西川さんがあげたのが、薬や医療機器、医療資材などの供給の確保です。これも新型コロナ騒ぎの時に、一時期、手袋やガウン、消毒薬などが不足するというようなことがありましたが、そういう視点で改めて考えてみると、病院というのは、普段、たくさんのモノを毎日納入してもらって機能している存在だということになります。ところが病院のトップである院長は、いろんなモノがどのようなルートで納入されているか、それぞれの業者の在庫はどこにどれくらいあるのかなどはおそらく知りません。平常時ならそんなことは知らなくても、担当者が頑張ってくれているからです。しかし大災害後に病院の機能を維持していくためには、いざという時に最低限の薬、医療機器、医療資材などを確保することが極めて重要で、これも事前にBCPでしっかり決めておかなければならないのです。

 西川さんたちの研究は、これからアメリカの研究者とも共同で始まります。
 アメリカではここ数年、大きなハリケーンや竜巻があり、それを乗り越えてきた経験があるということで、そうした経験からも学んで、どのような病院のBCPのモデルができるのか、その成果を期待したいと思います。
 今回も会場とオンラインで154人の方に参加いただきました。参加者の皆さん、西川さん、ありがとうございました。

  


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第176回防災アカデミー(ハイブリッド)を実施しました

内容:地盤に残る地震痕跡の解読と防災戦略への反映
   ―新書「地盤は悪夢を知っていた」に込めた思い―
講師:小長井 一男 さん
  (東京大学名誉教授/国際斜面災害研究機構 研究部 学術代表)
日時:2022年5月12日(木)18:00〜19:30
会場:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン

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第175回防災アカデミー(ハイブリッド)を実施しました

講師:飯塚 悟 さん
  (名古屋大学環境学研究科教授/減災連携研究センター兼任教員)
内容:減災と適応:不確実な災害予測をいかに役立てるか
日時:2022年4月19日(火)18:00〜19:30
会場:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン

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第125回げんさいカフェ(ハイブリッド)を開催しました

熊本地震6年目の真実

ゲスト:活断層学者 鈴木 康弘 さん
   (名古屋大学減災連携研究センター教授)
日時:2022年 4月15日(金)18:00~19:30 
場所:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)

 今回のカフェが開かれたのは4月15日。2016年の熊本地震では、1回目の地震(前震)が4月14日、2回目の地震(本震)が4月16日でしたから、その真ん中の日にあたります。
 あれから6年。改めてこの地震の教訓を考えようと、活断層地震に詳しい地震学者の鈴木康弘さんに、ゲストに来ていただきました。
 メディアは、地震発生直後に「今回の地震はどんな地震なのか?」「なぜ前震と、本震が起きたのか?」などたくさんの質問を研究者にぶつけて報道します。しかし実際のところ、地震発生直後には、専門家にも詳しいことはわからないことが多いのです。
 そこで、その後長い時間をかけて観測データを分析したり、現場の詳しい調査をしたりして、おそらく今回の地震はこういう地震だったのかもしれないということが、少しずつ明らかになってきます。自然科学とはそういうものなのです。
 ところがメディアは、地震から時間が経つと、他のことに関心が移ってしまい、あまりその地震のことを報道しなくなってしまいます。そうすると、直後に報道された専門家の浅い理解が、その後、訂正されずにそのままになってしまうということが起こり得ます。
 そういう意味で、1.17とか3.11など「何々地震から何年」という節目で報道することが大事になるのですが、そういう報道ではどうしても、被災者のその後の復興などの話題が中心になってしまい、「地震発生直後に報道された科学的見解は正しかったのか?」というポイントについてはあまり報道されないということになりがちです。
 今回のゲストの鈴木さんは、そこが気になっているということでしたので、今回、活断層の専門家の立場から、この6年間で科学的にはどんなことがわかってきたのかということを伺うことにしました。


 2016年熊本地震は地下の活断層が引き起こしました。そして、地震直後には隣り合った二つの断層、日奈久断層と布田川断層がそれぞれ起こした地震であるというふうに推定され、そのまま報道されました。“2つの断層が連動して起きた珍しい地震”とされたんですね。
 ところが鈴木さんによると、その後のくわしい現地調査などで、実は16日の本震の際に活動した活断層の範囲は明らかに14日の範囲を含んでいて、決して別々の断層が地震を起こしたのではないということがわかってきたということです。つまり、長い断層帯の中の一部で前震が起き、その後、それを含むもっと広い範囲で本震が起きたと考えられるのです。日奈久断層と布田川断層とに分けていた政府の地震本部の命名の仕方が誤解を招きました。
 江戸時代以降の活断層地震を調べた松田時彦東大名誉教授によると、そうした地震の半数くらいは「前震を伴っていた」と考えられる記録があるということで、もしかしたら熊本地震のような地震の起き方は、それほど珍しいことではなかったという可能性があるということです。


 また、熊本地震の後、布田川断層帯を実際に掘って調べる「トレンチ調査」の結果を総合すると、どうやらこの断層帯では約2000年に一度くらい地震が起きていたらしいということもわかってきました。
 地震前の政府の地震調査委員会の評価では、布田川断層帯の活動間隔は8000年から26000年に一度くらいだと評価されていましたので、事前の評価では、かなり危険性を過小評価していたと考えられることになります。

 もう一つ、鈴木さんたちのその後の研究の積み重ねで、墓地の墓石や建物の被害状況などから「活断層から100メートル以内では急激に被害との度合いが大きくなっている」ことがあることがわかりました。もともと活断層の直上では、ずれによる建物の倒壊が起きることがわかっていましたが、活断層から100メートル以内、つまり活断層を挟んで200メートルの範囲は、墓石の倒れかたが顕著で、建物の被害も大きくなっていました。
 地震の震源はふつう地下深く(多くの場合10キロ以上深いところ)にあるのですが、震源断層のずれが地表に現れてくるあたりで、周囲を強く揺らす強い地震波を出すような現象が起きているのではないかという新たな説も提唱されています。
 こういう研究が進むと、やはり過去に動いたことがわかっている活断層の周辺に住宅を建てないようにするといった対策や、場合によっては、いま住んでいる住民に安全な地域に移転してもらうような対策も必要になってくるのかもしれません。


 カフェの最後に、鈴木さんたちの最近の調査結果についてのお聞きしました。
 地震直後に地震本部は熊本地震で被災した地元の方々にアンケートした結果、活断層の存在を知っていた人は3割に留まり、そのことが、防災対策の遅れを招いたと発表しました。しかし4年後に改めて丁寧に質問し直したところ、益城町では、6割の方が活断層の存在を地震の前に知っていて、日奈久断層とか布田川断層という名前まで知っていた人も4割いたのだそうです。それでも実際に事前に地震対策した人はその4分の1で、6割の人が対策をとっていませんでした。
 事前の対策をとっていなかった人にその理由を聞いたところ、「地震は実際に起きないと思ったから」という人が7割以上で「対策の方法がわからなかった」という人が2割でした。
 このことは、活断層のことが知られていないことが対策が遅れの原因ではないこと、だから活断層の存在や名前の“知識”を住民に伝えるだけでは不十分で、断層に近い場所ではどの程度の被害が起きる可能性があるということを伝え、家の耐震補強や家具の固定など具体的な対策方法を伝えて、その実施を強く訴えないとほんとうの意味での“備え”には繋がらないということなのでしょう。
 
 これはかなり厳しい現実でもあります。そのためもあって、こうした新しい研究データの一つ一つは、あまり報道される機会がありません。
 しかし科学の世界では、いろんな研究者による研究成果が少しずつ積み重なって真実に近づいていくわけですから、地震直後に報道されたことだけにあまり引きずられずに、しっかりと日々の研究をウオッチしていかなければならないと感じたカフェでした。
 鈴木さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。

 

 


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夏も、みんなで楽しく、げんさいかん体操!

❖ みんなで楽しく!げんさいかん体操 ❖

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減災館ではたくさんの先生が防災や減災に関する研究をしています。みんなでオリジナル体操を作りました。体操といっしょに、減災館のようすも見てね。
メディアスエフエムさんとのコラボ企画です。

下はレクチャー用動画です(ミラー映像になっています)

メイキング映像もつくっちゃいました!

 

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減災館 2022年度 展示スケジュールを掲載しました

減災館2022年度 展示スケジュールを掲載しました

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第124回げんさいカフェ特別編を開催しました

小説家 真山仁さんと語る 「震災から学ぶ〜私たちはどう伝え、備えるか」

ゲスト:小説家 真山 仁 さん
日時:2022年 3月22日(火)18:30~20:30 
場所:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)

 今回のゲストは、ドラマにもなった「ハゲタカ」の作者である小説家、真山仁さんです。経済小説で知られる真山さんと防災・減災とどういうつながりが?と、不思議に思う方もいらっしゃると思いますが、真山さんご自身が、27年前の阪神・淡路大震災を神戸で経験されています。
 そして何よりも、東日本大震災の被災地の小学校を舞台にした小説を、これまで3冊出していらっしゃるのです。震災三部作とも呼ばれている「そして、星の輝く夜が来る」「海が見えるか」「それでも陽はのぼる」の3作品は、今回のカフェのテーマである「震災の教訓をどう伝え、備えるか」に深くつながっています。

 カフェに先立って、真山さんの震災三部作を短く紹介するビデオを上映しました。
 (ビデオはこちらから見ることができます)


 一連の作品は、阪神・淡路大震災で妻と娘を亡くした小学校教師、小野寺徹平が主人公で、彼が東日本大震災の2ヶ月後から、応援教師として被災地の小学校に派遣されるという設定です。
 そして小野寺は、被災地の子供たちが、大人に遠慮して、がまんすることが日常になっていることを見抜きます。自分も阪神・淡路大震災で避難所生活を経験しているからなのでしょう。
 そこで子供たちに「腹の立つこと、こんなん許せへんと思うことを書いてみろ」と言い、それを壁新聞の『わがんね新聞』にするところから物語が始まります。大人の言ってることやってることが「意味わがんねー」という意味を込めた名前です。
 小野寺が最初に自己紹介をする時に、子供たちを前に「まいど!」と大声で挨拶する場面があります。この「まいど!」は関西でも地域によっていろんな発音があるそうなので、今回のげんさいカフェでは、真山さんご自身に「まいど!」をやっていただき、“正しい発音”を教えていただきました。(笑)

 震災をテーマに小説を書くにあたって、なぜ小学校を舞台に選んだのか、とお聞きしましたら、まず、一番弱い人にフォーカスをしたいと思ったことが1つ、そしてもう1つは、マスメディアが震災後に「無理に明るい子供たちを描こうとした」ことへの反発があったとのことでした。
 震災後のマスメディアは、あまりに悲惨な事実ばかりを伝えているわけにはいかないと、明るい話を探し始め、子供たちの笑顔を意図的に伝えるようになった、と真山さんは言います。「カメラを向けると子供たちは必ず笑顔を見せてくれる、それで、ほのぼのする、子供って尊い、ということになりがちだが、そんなことをやっていると、子供達は自分たちの役割を考え、つらい感情も自然に抑えるようになってしまう。それはだめだろう」と伝えたかったということです。

 そして、教訓を伝えるのに、なぜノンフィクションではなく小説なのか、ということもお聞きしました。
 真山さんの答えは「ドキュメンタリーや新聞記事では、最後の踏み込みができない時がある。例えば裏付けが足りないとか、その事実が人を傷つけるかもしれないとか、あるいは取材協力者の立場がなくなるかもしれない、というときには、ドキュメンタリーや新聞記事はそれを伝えることができない。小説であればそれが書ける。ほんとうはそこで何があったのかという重要な真実は、小説の方が届くのではないか」とおっしゃいました。

 これについては、かつて災害報道に携わっていた私にも、確かに思い当たることがあります。例えば、亡くなった被災者に判断ミスや備えの不十分さがあったとして、それをメディアが教訓として伝えようとすると、それは“死者を鞭打つ”ことになる。だから伝えきれない。しかし小説ならそれができるということなのかもしれません。

 

 震災三部作にはたくさんのエピソードが出てきますが、真山さんは、被災地の読者から「この話はうちで起きたことですよね」と言われることが多いそうです。しかし実はすべて、真山さんが頭の中で作ったエピソードなのだそうです。本当に起きたエピソードを詳しく取材すると、それに引っ張られてしまうので、あえて排除したのだとか。むしろ、書こうとしていたエピソードが、ほんとうに被災地で起きていたとわかった場合に、あえて書くのをやめた、ということもあったそうです。
 つまり“どこに起きたわけではないが、どこでも起きたはずの出来事”をある種の寓話として伝える。こういう方法こそ、いちばん大事な「いったい被災地で何が起きていたのか」という真実が伝わるはずと真山さんはおっしゃってました。

 そして真山さんは「物語として面白く魅力的じゃないと誰も手に取ってくれない。だから面白い小説でなければならない。」と指摘しました。
 この言葉は、私たち減災連携研究センターのメンバーにも突き刺さる指摘でした。
 防災・減災に関する情報をいかに多くの人に伝えるか、と考えたときに「次の地震や津波で何十万人が死ぬ」と脅かしたり、「ちゃんと勉強しないと命を守れません」と強制をしたりしても、誰も学ぼうとはしません。
 でも人は、自分で興味を持ったことは、もっと知りたいと自然に思うものです。なによりも興味を持ってもらうということが大切なのです。
 真山さんは「この三部作は2011年の震災以降に生まれた子供に読んでほしい」とおっしゃいます。「あの日に何があったかを伝えるのに、津波の映像だけを見せたくはない。あの日にどんな出来事があったのか、この小説で知って、“ああこんな災害があったのか、本当はどうだったんだろう、もう少し調べてみよう”という気持ちになってもらいたい。」
 そして、その時の大切な情報源として、震災を描いたドキュメンタリーや新聞記事があるわけです。

 こうしてノンフィクションとフィクションがあいまって、多様な方法で震災を伝えていくことが大切なんだと、改めて思ったカフェでした。
 今回も会場とオンラインであわせて200人以上の方に参加していただきました。参加者のみなさん、真山さん、ありがとうございました。

 


真山仁さん

1962年、大阪府生まれ。新聞記者、フリーライターを経て2004年に小説「ハゲタカ」でデビュー。著書多数。


→ポスター(PDF)

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