熊本地震6年目の真実
ゲスト:活断層学者 鈴木 康弘 さん
(名古屋大学減災連携研究センター教授)
日時:2022年 4月15日(金)18:00~19:30
場所:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)
今回のカフェが開かれたのは4月15日。2016年の熊本地震では、1回目の地震(前震)が4月14日、2回目の地震(本震)が4月16日でしたから、その真ん中の日にあたります。
あれから6年。改めてこの地震の教訓を考えようと、活断層地震に詳しい地震学者の鈴木康弘さんに、ゲストに来ていただきました。
メディアは、地震発生直後に「今回の地震はどんな地震なのか?」「なぜ前震と、本震が起きたのか?」などたくさんの質問を研究者にぶつけて報道します。しかし実際のところ、地震発生直後には、専門家にも詳しいことはわからないことが多いのです。
そこで、その後長い時間をかけて観測データを分析したり、現場の詳しい調査をしたりして、おそらく今回の地震はこういう地震だったのかもしれないということが、少しずつ明らかになってきます。自然科学とはそういうものなのです。
ところがメディアは、地震から時間が経つと、他のことに関心が移ってしまい、あまりその地震のことを報道しなくなってしまいます。そうすると、直後に報道された専門家の浅い理解が、その後、訂正されずにそのままになってしまうということが起こり得ます。
そういう意味で、1.17とか3.11など「何々地震から何年」という節目で報道することが大事になるのですが、そういう報道ではどうしても、被災者のその後の復興などの話題が中心になってしまい、「地震発生直後に報道された科学的見解は正しかったのか?」というポイントについてはあまり報道されないということになりがちです。
今回のゲストの鈴木さんは、そこが気になっているということでしたので、今回、活断層の専門家の立場から、この6年間で科学的にはどんなことがわかってきたのかということを伺うことにしました。
2016年熊本地震は地下の活断層が引き起こしました。そして、地震直後には隣り合った二つの断層、日奈久断層と布田川断層がそれぞれ起こした地震であるというふうに推定され、そのまま報道されました。“2つの断層が連動して起きた珍しい地震”とされたんですね。
ところが鈴木さんによると、その後のくわしい現地調査などで、実は16日の本震の際に活動した活断層の範囲は明らかに14日の範囲を含んでいて、決して別々の断層が地震を起こしたのではないということがわかってきたということです。つまり、長い断層帯の中の一部で前震が起き、その後、それを含むもっと広い範囲で本震が起きたと考えられるのです。日奈久断層と布田川断層とに分けていた政府の地震本部の命名の仕方が誤解を招きました。
江戸時代以降の活断層地震を調べた松田時彦東大名誉教授によると、そうした地震の半数くらいは「前震を伴っていた」と考えられる記録があるということで、もしかしたら熊本地震のような地震の起き方は、それほど珍しいことではなかったという可能性があるということです。
また、熊本地震の後、布田川断層帯を実際に掘って調べる「トレンチ調査」の結果を総合すると、どうやらこの断層帯では約2000年に一度くらい地震が起きていたらしいということもわかってきました。
地震前の政府の地震調査委員会の評価では、布田川断層帯の活動間隔は8000年から26000年に一度くらいだと評価されていましたので、事前の評価では、かなり危険性を過小評価していたと考えられることになります。
もう一つ、鈴木さんたちのその後の研究の積み重ねで、墓地の墓石や建物の被害状況などから「活断層から100メートル以内では急激に被害との度合いが大きくなっている」ことがあることがわかりました。もともと活断層の直上では、ずれによる建物の倒壊が起きることがわかっていましたが、活断層から100メートル以内、つまり活断層を挟んで200メートルの範囲は、墓石の倒れかたが顕著で、建物の被害も大きくなっていました。
地震の震源はふつう地下深く(多くの場合10キロ以上深いところ)にあるのですが、震源断層のずれが地表に現れてくるあたりで、周囲を強く揺らす強い地震波を出すような現象が起きているのではないかという新たな説も提唱されています。
こういう研究が進むと、やはり過去に動いたことがわかっている活断層の周辺に住宅を建てないようにするといった対策や、場合によっては、いま住んでいる住民に安全な地域に移転してもらうような対策も必要になってくるのかもしれません。
カフェの最後に、鈴木さんたちの最近の調査結果についてのお聞きしました。
地震直後に地震本部は熊本地震で被災した地元の方々にアンケートした結果、活断層の存在を知っていた人は3割に留まり、そのことが、防災対策の遅れを招いたと発表しました。しかし4年後に改めて丁寧に質問し直したところ、益城町では、6割の方が活断層の存在を地震の前に知っていて、日奈久断層とか布田川断層という名前まで知っていた人も4割いたのだそうです。それでも実際に事前に地震対策した人はその4分の1で、6割の人が対策をとっていませんでした。
事前の対策をとっていなかった人にその理由を聞いたところ、「地震は実際に起きないと思ったから」という人が7割以上で「対策の方法がわからなかった」という人が2割でした。
このことは、活断層のことが知られていないことが対策が遅れの原因ではないこと、だから活断層の存在や名前の“知識”を住民に伝えるだけでは不十分で、断層に近い場所ではどの程度の被害が起きる可能性があるということを伝え、家の耐震補強や家具の固定など具体的な対策方法を伝えて、その実施を強く訴えないとほんとうの意味での“備え”には繋がらないということなのでしょう。
これはかなり厳しい現実でもあります。そのためもあって、こうした新しい研究データの一つ一つは、あまり報道される機会がありません。
しかし科学の世界では、いろんな研究者による研究成果が少しずつ積み重なって真実に近づいていくわけですから、地震直後に報道されたことだけにあまり引きずられずに、しっかりと日々の研究をウオッチしていかなければならないと感じたカフェでした。
鈴木さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。