減災館について

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※ ギャラリートークは、立ち見になる場合がございますので、ご了承ください。

減災館の見学について

※ 見学を検討されている方は必ずお読みください。

減災館News&Topics

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        ● 特別企画展のお知らせ ●

2018年10月10日(水)~2019年1月18日(金)第25回特別企画展「濃尾地震と震災報道」を開催しております。
たくさんのご来場をお待ちしております。



1891(明治24)に起きた濃尾地震は、その被害の大きさから、明治政府が直面した最大の災害でした。しかし、今日に比べて情報伝達手段が未発達であった当時、被害の全容を人々が知るには時間がかかりました。特に、被害の大きかった岐阜県美濃地方や愛知県尾張地方では、交通手段や通信手段が途絶えたため、地震直後は、被害の把握と被害情報の伝達に手間取り、また、断片的な情報が流れていました。
しかし、甚大な被害の状況が明らかになると、それは海外からも注目され、海外でも報道されました。これには、地球規模で整備されていた電信が情報伝達の役割を担いました。
そこで、今回は、濃尾地震直後の震災報道に着目し、報道内容を検討しながら、どのような被害が注目され、それが、どのように報じられたかについて、当時の新聞の記事内容を基に考えてみることにします。また、文字報道が中心だった当時の新聞の報道内容と被災状況を写した写真を比較してみます。

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減災館展示アーカイブ

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       ● 第24回特別企画展 ●

第24回特別企画展「関東大震災と愛知県-「人事のあえてよくする所」とは?-」は終了いたしました。
たくさんのご来場をいただき、まことにありがとうございました。



大正12(1923)年の関東大震災は、我が国の歴史上最大の被害を出した自然災害であり、発生日の9月1日は「防災の日」として、毎年日本各地で、防災訓練などが行われています。
東海地方は震源から遠く、被害はほとんどなかったにもかかわらず、名古屋市千種区の日泰寺などには供養堂や慰霊碑があります。なぜでしょうか?
またさらに、愛知県犬山市の博物館明治村には、東京付近で震災を体験した建造物が沢山移築されています。これらは震災時にどのような役割を果たしたのでしょうか?
史上最大の震災を克服し復興を成し遂げた人々の力に学びたい。そんな思いから、関東大震災95周年にあわせて特別企画展を開催することにしました。
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    ● 夏休みスペシャル減災教室 ● (2018/08/04)
当日の様子は、こちらをクリックしてご覧ください

 

 

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     ● 第23回特別企画展 ●

第23回特別企画展「人々が書き残した震災-濃尾地震と昭和東南海地震-」は終了いたしました。
たくさんのご来場をいただき、まことにありがとうございました。

第23回特別企画展のお知らせ

今日のような映像技術や情報伝達技術が発達していなかった時期の地震では、地震を体験した人々や地震直後に現地に入った人々の書き残した記録は、地震とその被害を検証するうえで貴重な資料となってきました。そこで今回は、濃尾地震(1891年10月28日)と昭和東南海地(1944年12月7日)に焦点を当て、体験した人々や地震直後に被災地を見た人々の書き残した記録や回顧談を紹介しながら、それらから見えてくる地震とその被害の特徴を考えてみます。
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   ● 来館者が5万人に達しました ● (2017/10/19)
         
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   ● 夏休みスペシャル減災教室2017 ● (2017/08/02)
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   ● 来館者が4万人に達しました ● (2017/02/15)
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   ● 減災館でのワークショップの様子 ●プロジェクションマッピングを応用した広域防災連携WS