内容:地震学の「常識」と非常識
講師:鷺谷 威 さん(名古屋大学減災連携研究センター長・教授)
日時:2024年7月17日(水)16:30〜18:00
場所:名古屋大学減災館1階減災ホール・オンライン
【講師からのメッセージ】
地震学は、長期評価や地震動予測といった地震防災の取り組みに対して学術的基礎を提供する。その内容は広く専門家が合意し支持する内容のはずだが、時代遅れの「常識」や専門家間で意見の分かれる内容が使われている例がある。地震学の歴史では学問の進展や新発見により「常識」がたびたび覆されてきた。本講演では、こうした事例を振り返り、専門的知見を防災に生かすための方策について考察する。
【内容紹介】
2024年度から減災連携研究センターのセンター長に着任された鷺谷先生は、地殻変動学がご専門です。これまで、日本列島を始めとする地殻活動の活発な地域を対象に、高精度な測位情報の変化を追跡する測地学的な解析から、プレート境界や内陸部における地形変化の蓄積、ならびに、地震時や地震後の地殻変動などの数々の現象について明らかにされてきました。まさに地震学という学術領域を牽引してきたお立場から、本講演では“地震学の「常識」と非常識”と題し、予知、予測、評価、想定という多くの言葉で語られてきた地震発生に関する理解の現状について、大変分かりやすくご説明いただきました。
冒頭に、書籍「小沢慧一著:南海トラフ地震の真実,東京新聞,2023.」、ならびに、その元となった新聞記事(2020年6月から「南海トラフ 80%の内幕」などとして断続的に東京新聞に連載)に対する取材協力のエピソードが紹介されました(ここでの著述は、近年、国の地震調査研究推進本部による南海トラフ地震の長期評価(今後30年以内に発生する確率)が60~70%(2013年)から70~80%(2018年)に変更されたことに対し、公平性の欠如や科学的根拠の不十分さを指摘しています)。このような学術的に担保されていない「常識」とともに、「関西に大地震は起きない」という風説下で起きた1995年兵庫県南部地震など、社会に広まってしまった(地震学における)非常識が紹介されたうえで、国内外のさまざまなフィールドにおけるモデルや実験における不整合などから、精緻な予測・予知は不可能とされている現在の地震学の実力についても丁寧に解説いただきました。
学術的な理解が不足している現状にあっても、限られた知見をもとに将来の地震への防災対応を進める必要性は誰もが認めるところだと思います。迫りくる巨大地震の発生確率が高く評価されたり、発生規模が大きく想定されたりすることによって、防災対応の進展や意識の啓発に一定の効果はあり得ます。しかしながら、その前提となる評価方法には不確実性がある中で、その算出結果の範囲の中からある種の規模や確率だけが恣意的に選択されているのであれば、虚偽・虚構ではないにしても死者数や経済被害などの額面的な被害ばかりを追いかけることに大きな意味は無いのかも知れません。むしろ、どのような条件で地震が発生し、どのような過程を通じて、どういうところで被害が生じる可能性があるのか、確かな情報から学び、しっかりと備えを進めるべきなのだと考えさせられました。
南海トラフ地震は、少なくとも過去1000年程度以上にわたり、M8~M9クラスの規模で100~200年ほどの周期で発生してきたことが確認されている、世界でも類を見ない地震です。本講演後(8月8日発生)の日向灘地震により、2019年の制度制定以来初めて、南海トラフ地震臨時情報が発表された今日、私たちの理性的な行動と準備が改めて問われているのではないでしょうか。今回のご講演は、地震学の現状を一般市民として正しく理解するだけでなく、他分野の専門家が社会貢献を考えるうえでも示唆に富んだ内容で大変貴重な機会となりました。
2004年5月に災害対策室が開始し、2012年度から減災連携研究センターが引き継いで主催してきた「名古屋大学防災アカデミー」は今回で通算200回を迎えました。長年の皆様のご愛顧に感謝申し上げる次第です。以下にて、過去の回の講師、タイトルなどを参照できますので、よろしければご参照下さい。
※2004年開始以降の災害対策室主催分(1~80回):
http://133.6.183.91/?page_id=1141 →1~80回
※2012年以降の概要(81回以降):
https://www.gensai.nagoya-u.ac.jp/?p=75 →81回以降
(田代 喬 記)
当日は会場参加38名、オンライン参加301名、合計339名の多くの方にご参加いただきました。どうもありがとうございます。
※講演動画 https://youtu.be/san-3nSMbY4 →YouTube 講演動画