「低頻度大規模災害にいかに備えるか」
ゲスト:経済学者 山﨑 雅人さん
(名古屋大学減災連携研究センター地域社会減災計画寄附研究部門准教授)
日時:2017年10月16日(月)18:00〜19:30
場所:名古屋大学減災館1階減災ギャラリー
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)
今回のカフェでは、会場から「低頻度っていうのは、いったいどれくらいのことですか?」との質問が出ました。ゲストの山崎さんの返事は「そうですね。1000年に一度くらいでしょうか」。ちょうど東日本大震災の津波が1000年に一度の津波といわれていますから、そんなイメージでしょうか。
そんな低頻度の大災害に、どのように備えるべきかが今回のテーマです。
もちろん国の予算が無限にあるならば、全国のすべての海岸に、思いっきり高い防潮堤を作れば備えは万全ですが、現実問題としてそうはいきません。そんなことをしたら景色は台無し、海水浴もできなくなりますね。福祉予算など他で使えるお金もなくなってしまいます。では、どこまで備えることが合理的で、人々の幸せを最大化するのか、山崎さんがご専門の経済学は、その答えを探し求める学問なのだそうです。
さて、東日本大震災の後、国は、東日本大震災並みの低頻度で巨大な津波のことを「レベル2」と分類し、このような津波に対しては「住民の素早い避難」を軸にした対策をとることにしました。要するに、津波による浸水被害はしかたがないとして、人命だけは確実に守ろうという考え方です。
一方、もっと頻度が高く(といっても数十年から百数十年に一度くらいですが)、しかしかなりの被害が出るような津波は「レベル1」と分類して、これに対しては、防潮堤などのハードの対策で対応する方針にしました。この場合は、人命だけでなく財産も守っていこうという考え方です。
ところが山崎さんが実際に調査してみると、必ずしもその原則通りに防災対策が進められてはいないということです。
例えば宮城県石巻市雄勝(おがつ)地区では、着々と防潮堤の建設が進んでいますが、その背後にある旧市街地の大半は津波危険地域に指定されていて、人は住めないことが決まっています。そこで地元では「いったい何を守るための防潮堤なのか」という疑問も生じているということです。本来、防潮堤を超えるような「レベル2」の津波に対しては「住民の素早い避難」で対応する方針なのですから、人が住んでいてもいいはずなのですが、避難が難しい高齢者や深夜の津波発生等を考えると、やはり心配だということなのでしょう。どうしても災害後の防災対策は過剰気味になりがちです。
ただ同じ宮城県でも、気仙沼市鮪立(しびたち)地区の場合は、県から高さ9.9mの防潮堤建設が提案されましたが、行政と住民との話し合いが何度も行われた結果、1.8m低くすることで合意が行われたそうです。地域の住民が行政とねばり強く話し合い、より地域の実情にあった防潮堤に見直されたという、とても参考になる事例です。
リスクというのは【被害の大きさ】と【それが起きる確率】の掛け算なのですが、困ったことに、いまの科学では、東日本大震災級の巨大津波が、次どこでどれくらいの確率で起きるのか予測することは不可能です。被害の大きさが甚大であることは容易に想像できますが、その発生確率がわからないので、どこまでお金をかけて対策をやるのが合理的なのか、計算はできないというのが現状なわけです。
リスクを少し下げるだけならあまり費用はかかりませんが、リスクをゼロに近づけようとすればするほど莫大な費用がかかるというのがこの分野の経済学の原則だとか。どうすればいいのでしょう。
山崎さんは、どれだけリスクを許すかは社会が決めると言っています。例えば大気汚染や水質汚染の環境基準もこれ以下なら絶対安全という科学的な根拠があるわけではありません。どれだけリスクを許すかは、結局社会が決める問題であり、科学はそのお手伝いをするだけ。基準を守るためのコストと、それによって守られる住民の健康などの便益を考えながら、最後はその社会が許容する値で決まってくる、ということなのだそうです。
そういう意味では、防災減災の対策も、我々国民が、現時点で得られている科学的データをもとに、どこまでならリスクを許容できるか、どれくらいの投資ならしてもいいのかについてもっと議論するべきなのかもしれません。よくわからないからと国や専門家だけにまかせていてはいけないのでは?そんなことに気付かされたカフェでした。
参加者の皆さんとの討論で思いついたのが、「こうやって、げんさいカフェに参加して、事前に防災減災の知識を身につけておくというのが、一番費用をかけず命が守れる方法だ」ということでした。(自画自賛ですが・笑)また「災害時にいち早く情報を入手して適切に逃げる」というのも安上がりで効果的な対策といえそうです。ぜひ皆さん、実行してみてください。
山崎さん、参加者の皆さんありがとうございました。