もし、あの災害の1日前に戻れたなら
ゲスト:1日前プロジェクトの生みの親 西川 智 さん
(名古屋大学減災連携研究センター教授)
日時:2020年2月12日(水)18:00~19:30
場所:名古屋大学減災館減災ギャラリー
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)
「1日前プロジェクト」というのをご存知でしょうか?
これは内閣府が2005年に始めたもので、過去の重大な災害の被災者のみなさんに「もし災害の1日前にもどることができたら何をしますか」という質問を問いかけるものです。
現在は名古屋大学減災連携研究センターにいらっしゃる西川さんは、もともと内閣府で防災担当をされていて、このプロジェクトのいわば仕掛け人なのです。今回のカフェでは、このプロジェクトの「ねらいと成果」についてお話しいただきました。
なぜこのプロジェクトをはじめたのか?
西川さんは、1989年伊豆半島東方沖の群発地震と海底噴火、1991年の雲仙普賢岳噴火という大きな災害に、国の担当者として、その後も国連の人道問題局職員として途上国のさまざまな大災害に関わりました。また2004年に内閣府に戻ってからも、新潟県中越地震や平成18年豪雪などを経験、そこで感じたのが「過去の災害の教訓が国民の間で共有されていない」「そうした大人の防災意識を向上させるしくみがない」ということでした。
教訓を共有するしくみがないならば作ろうじゃないかというのが、この「1日前プロジェクト」だそうです。「ストーリーのある防災は人を引き付ける」という西川さんの信念にそった取り組みです。
災害直後では、あまり生々しすぎるので、しばらくたった後、災害の時に感じたこと思ったことを被災者自身に語ってもらいます。
被災者の方が話しやすいよう、2,3人で話を聞きに行き、落ち着いた場所で茶菓を提供し、リラックスして自由に語ってもらいます。それをジャーナリストのメンバーが、300~500字の短いお話にまとめ、その状況が思い浮かぶようなイラストを一つ付けて完成です。
8年間のプロジェクトで、全部で814のエピソードが集められました。
例えば東日本大震災の時、仙台市に1人暮らしだったサラリーマンが「コンビニもスーパーも宅配便もダメで、ついに部屋に食べるものが何もなくなってほとほと困った」というお話や、新潟県中越沖地震の時、「職場にヘルメットを用意していたが、揺れている間、結局なにもできなかった」といったお話が収録されています。また福岡県西方沖地震で、台所の食器棚の観音開きの扉が開いて大事な食器がたくさん壊れたのに、1か月後の余震の時にはすっかりそのことを忘れてしまい、また食器が壊れてしまった」というお話も。
命にかかわらないこうした失敗は、あまりマス・メディアで報道されることはありませんが、事前の備えの大切さを、ストーリーで私たちに教えてくれます。
こんなお話もありました。
東日本大震災の2日前の津波注意報で逃げた岩手県宮古市のおばあさんが、その注意報は空振りだったからと、本震の時の大津波警報で逃げようとせず、それを説得しようとしたお嫁さんも一緒に津波に飲まれてしまったというエピソード。甥御さんの痛恨の語りです。
実は、過去の災害から得られる最大の「役立つ教訓」は、“被災者自身の備えの不足や判断ミスによってひどい目にあった“という体験談なのですが、災害後のマス・メディアや行政側はそれをストレートに伝えることができません。メディアや行政が「かわいそうな被災者を傷つけるのか!」とか「結果論で他人を批判するのか!」というそしりを受ける危険性があるからです。
でも被災者自身が自分で語るのであれば大丈夫。「1日前プロジェクト」の意義はそこにもある、と西川さんはおっしゃいます。
一方で、福岡県西方沖地震の直後、避難場所のまわりの大型商業施設やデパートがすべて閉店してしまっている中、地元商店街に「店を開けてくれ」と呼びかけた商店会長さんの経験談や、避難所に集まった住民は、ショックで何もしない「お客様」になりがちなので、それぞれの役割を決めて運営するようにしたらうまくいったという、今後にも役立ちそうな「前向きな体験談」もたくさん収録されています。
今回のカフェでは、けっこう良いニュースが披露されました。
それは、いったん終了していた「1日前プロジェクト」が、去年3月のある国会議員の質問をきっかけに、今年度から再開したというお話です。いま熊本地震と西日本豪雨の時のエピソードの収集が始まっているそうです。
814のストーリーは、一日前プロジェクトで検索するといつでも見ることができ、ダウンロードして自由に使うことができます。みなさんもぜひ見てみてください。
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/keigen/ichinitimae/index.html
参加者の皆さん、西川さん、ありがとうございました。