第30回げんさいカフェを開催しました

「南海トラフ巨大地震の「経済被害」をどう読むか」

経済学者 山崎 雅人さん
名古屋大学減災連携研究センター地域社会防災計画寄附研究部門助教

企画・ファシリテータ:隈本邦彦
  (名古屋大学減災連携研究センター客員教授)

げんさいカフェは、「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」との
共催で実施しています。


今回のテーマは去年、国が発表した南海トラフ巨大地震の経済被害想定。新聞には”最悪220兆円”という見出しが踊りましたが、果たしてこの数字の意味は何か、専門家との対話で考えました。

山崎さんは、経済学の専門家。名古屋大学減災連携研究センターには幅広い人材がいるんです。

まずは地震の被害額という言葉の意味を考えてみます。例えば国は東日本大震災の直接被害額を16.9兆円と発表していますが、これは「地震や津波で失われた資産(建物など)を、もし元通り作り直すとしたらかかる費用」のことだそうです。実際には復興に際してまったく同じ町を作るわけではないので、いわば架空の数字です。でも、復興にかかる予算の目安(あるいは根拠)となる数字が必要なので、こうやって昔から被害額を算定してきました。

しかし、山崎さんは本当の地震の経済被害とは何か考えています。山崎さんは地震によって企業活動が止まったり失業が増えることが経済被害だと言います。さらに経済の「つながり」が重要だと山崎さんは言います。例えば気仙沼市では「漁港が被災し、漁業の水揚げが大きく減ったが、その影響は漁業だけにとどまらず、水産加工業、造船業、さらにはそこで働く人々や家族が物を買う小売業にまで及ぶ。今回の震災では市の経済が半分くらいに落ち込んだ」ということです。

さらに現在のようにサプライチェーンが高度に発達した社会では、その途中が被害を受けると、その上流と下流もストップしてしまうのです。例えば東日本大震災では、車の部品製造工場が被災して操業停止したことが原因で、その部品工場に材料を供給する素材産業の工場も、その部品工場から商品を買っていた車の組み立て工場もストップしてしまいました。実際、東日本大震災の直後、中部地方の工業生産額は、地震や津波に襲われていないにもかかわらず、被災地と同じように落ち込んでしまいました。このように、被災地以外の地域でも経済被害が起こりうるのです。これらの要素をすべて計算に入れて、「地震の被害額を計算する」ということは、本当はあまりに複雑で大変なことなのです。

では問題の「南海トラフ巨大地震の被害想定」はどのように計算されているのか。直接被害額にあたる170兆円の「資産等の被害」はあいかわらず「地震や津波で失われた資産(建物など)を、元通り作り直す費用」で計算されています。それに間接被害額にあたる45兆円の「経済活動への影響」は、サプライチェーン寸断の影響をそれなりに考えているものの、とても十分とは言えません。また災害がもたらす為替や株価への影響などは、あまりに複雑な計算になるためか、組み入れられていないということなのです。

つまり、地震の「経済被害」とはいい難い「資産等への被害」と、起こりえる被害の一部を計算したにすぎない「経済活動への影響」を、単純に足し算することには何の意味もなく、結局”最悪220兆円”という見出しは”間違い”ということになります。

カフェの参加者の皆さんからは、同じ人的被害でも、熟練した技術者や技能を持った人が多数失われると、経済的被害が拡大すると思うが、その要素は経済被害想定にカウントされているのか、とか、政府が税金で薬の緊急輸入をした場合は経済被害と言えるのかなど、ユニークな質問が出て、質疑応答の中で、これからのこの分野の研究へのヒントが得られたようです。

山崎さん、ありがとうございました。

日時:2013年11月7日(木)18:00〜19:30
名古屋大学カフェフロンテ(環境総合館斜め前、本屋フロンテの2階。ダイニングフォレスト向かい)

げんさいカフェのファシリテータについて


げんさいカフェのファシリテータは、NHK時代に科学報道に長く関わられた、サイエンスコミュニケーションの専門家である隈本邦彦氏(江戸川大学教授/減災連携研究センター客員教授)にお願いしております。毎回のカフェのゲストである各分野の専門家から、市民目線で科学的知見を聞き出し、分かり易い言葉で参加者に伝える事で、従来にない防災教育・啓発の実践が可能になります。

→ポスター(PDF)
※過去のげんさいカフェの様子はこちら

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