第115回げんさいカフェ(オンライン)を開催しました

これからの私たちの治水について考えよう

ゲスト:国土デザイン学者 中村 晋一郎 さん
(名古屋大学大学院工学研究科准教授/減災連携研究センター兼任)

日時:2021年 6月9日(水)18:00~19:30
企画・ファシリテータ: 隈本 邦彦 さん
(江戸川大学教授/名古屋大学減災連携研究センター客員教授)


 今回のカフェは、本格的な雨のシーズンを前に、河川防災と治水の専門家である名古屋大学大学院工学研究科の中村晋一郎さんに来ていただきました。
 去年は令和2年7月豪雨、それから一昨年は東日本台風、さらにその前の年は西日本豪雨と、このところ毎年、大雨の災害が起きていますよ。なんでこんなに水害が繰り返されるのか素朴な疑問を感じるわけですが、それをお伺いした中村さんお話の中で、なるほどと思ったのが「堤防効果」という言葉でした。
 もともと人間は、洪水がたびたび起きるようなところには住まないわけです。例えば江戸時代より前には、川の近くの氾濫平野は田んぼと湿地のままにして、人は少し高いところに住むという暮らしをしていたわけです。つまり自然と一体化して、共存してきた。
 ところが近代以降、治水対策が進んで立派な堤防ができると、洪水の頻度はぐっと減って安全になったのですが、人は川のすぐ近くで住むようになりました。
 東京、大阪、名古屋などの大都市はみんな川が流れる平野、いまの日本では、人口の50%、資産の75%が、浸水想定地域に位置しているというデータが得られています。
 確かに平地は豊かで住みやすい、そこに人が集まるというのは自然なことですが、しかし「堤防効果」の負の側面というか、ひとたび堤防が決壊すると大きな被害がでるということとにつながります。

 その実例が、西日本豪雨で大きな被害をうけた倉敷市真備町です。
 真備町では、明治以降、それこそ5年から10年に一度くらい頻繁に水害が起きていた地域ですが、河川改修が進んだ1970年代以降、水害はめっきり減っていました。その時期に真備町の中心部が市街化区域に指定されて人口が増え、さらに1999年には鉄道が通って駅もできたりして、真備の街はすっかり大きくなりました。しかしそれはつまり、水害の常習地域に人が多く住むようになったということでもあります。そこに3年前西日本豪雨が来て、たくさんの死者が出てしまったわけです。
 中村さんたちの研究で、初めてはっきりとしたデータとして裏付けられたのは、真備町では、「最近建った家ほど浸水被害が大きかった」ということでした。被災した家を一つ一つ分析した結果、浸水が50センチ以下だった区域よりも、浸水が2メートル以上だった区域のほうが、1996年以降に建った新しい家の割合が2倍以上も高かったそうです。
「堤防効果」というのは、もともと米シカゴ大学のギルバート・ホワイト教授が指摘した概念だそうで、いま世界の研究者が、それをデータ化して実証しメカニズムを解明しようという研究に取り組んでいるのだそうです。

 近代的な治水対策、つまりダムや堤防を作ることによって、ある程度の規模までの水害はしっかり防ぐことができているのは確かです。日本では、戦後多発していた水害をそうやって着実に減らしてきました。
 中村さんによると、昭和30年ごろに、限られた予算でなるべく全国平等にバランスの取れた治水を進めていこうということで日本は確率主義を導入しました。データをもとに200年に一度の雨などを計算して、それをその川の治水の基本流量(基本高水)とする考え方です。
 それまでの治水の考え方=既往最大主義=を大きく変えるパラダイムシフトであり、それによって全国の水害を減らしてきたのですが、最近ではそれが限界に達しているのではないかという指摘も出てきました。
 地球温暖化も一因だと思いますが、過去のデータをもとに計算したものを上回る雨が降ることも多くなって、確率主義だけでは太刀打ちできなくなっているのが現状のようです。
(このあたりの詳しいことは、最近中村さんが書かれた『洪水と確率:基本高水をめぐる技術と社会の近代史』(東京大学出版会)を参考にしてください)

 そこで中村さんは、日本の治水はこれからさらに新しいパラダイムに転換していかないといけないとおっしゃっていました。
 ただ、相手(大雨)が強くなることばかり考えて堤防を高くするだけだと河川改修の費用がいくらあっても足りなくなります。そして、高い堤防は、決壊した時の被害も大きくなるわけです。
 だからもう一度、江戸時代以前の自然との付き合い方、堤防に切れ目をいれて安全に田んぼに水を誘導する「霞堤」などが有名ですが、ある程度、川が溢れることを想定して、そこには人が住まないで雨を地域全体で受け止める、そんな考え方も取り入れていく必要があるのではないかとおっしゃっていました。
 中村さんの言葉では「分散」「一体」「地域」「知恵」。それで流域全体を守る考え方があらためて必要になっているのではないかということでした。

 これからの治水は、科学と知恵の両方が必要だということがよくわかるカフェでした。
 あとはやっぱり早めの避難ですね。水害は来るけれども、いち早く逃げて人的被害を限りなくゼロに近づける、これも人間の知恵だと思います。
 的確に情報を得て早く逃げるということを、私たちとしたら心がけたいですね。
 中村さん、参加者の皆さん、ありがとうございました。

cafe115
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